十五年ほど前、私は桜井登世子師に短歌の手ほどきを受け始めた。生まれて初めての短歌。私はその歌集に感動し、歌の中に出て来るお宅を見たくて仕方がなかった。それは「はつ夏のひかりを撒きて幾万の定家かづらの匂ふわが家」『ルネサンスブルー』にこのように詠われていた。また、天窓を鴉が「力ある羽」で横切るのがみえる家。住所を頼りに随分探した。毎週用があって所在地の杉並区の阿佐ヶ谷に通っていたので行く度に探した。だがあるはずの辺りにその住所がどうしても見当たらない。駅から北へ向かう大通りの東側にあるはずなのだ。まるでストーカーのようだと苦笑しつつも毎回探し続けた。ある時、大通りの反対側(西側)へ渡ってみた。そして、ついに奥まった路地の遊歩道のような静かなところにその家を発見。もう夕暮れで辺りは暗く、茂り合った植物に囲まれた一階の窓には赤く灯がともっていた。その灯りのなんという暖かさ。まるで心そのもののように灯っているのを嬉しく思い、しばらくの間じっと見つめた。
もちろん私はブザーを押したりはしなかった。私はただその灯りを見ただけで満ち足りたのだ。そして思う あの日見たあかりが今も私の道を照らしてくれている…と。