紙に印刷した文字の文化を尊ぶ 文章教室と自費出版の明眸社

新型コロナウィルス禍の日々に
新型コロナウィルスの為に気持が沈み、報道の画面に見入ってばかりいる。心を騒がせずに「(主に)立ち返って落ち着いていなさい。」イザヤ書に、敵にとりかこまれた民に向けこのように書かれていることを思い出している。(イザヤ書三十章一五節)
外出もままならず会合すべてを中止。いまこの妙に静かで沈没したような状態の日々は、自分の内をみつめる時期かもしれないと思う。そのよすがに、ペテロの事を今日は書いてみようと思う。
ペテロはガリラヤ湖で漁師をしていた、素朴な民衆の一人だった。だが、イエスの昇天ののちは人々を前に堂々と信仰を語りかけるようになり、印象深い書簡も遺している。だから、「聖霊」の働きを一番感じさせてくれる弟子である。
ペテロの第一の書簡の中の聖句は、いつも私の支えになっており、どん底を感じるときに必ず立ち返る箇所である。それは「すべての思い煩いを神に委ねなさい。神があなた方を顧みてくださるからです。」(ペテロの第一の手紙五章七節)という一節だ。今、コロナ禍にうちのめされそうになって、再び私はこのみ言葉を想う。
ペテロのそそっかしさや一途さが私は好きだ。情熱的で信仰に篤く、イエスにも重んじられていたにもかかわらず、彼は生涯取り返しのつかない程の失敗をした。イエスを否認したのだ。

若きペテロ
彼はイエスに会った時、まだかなり若かったのではないかと思う。姑がいたので結婚していたことが分かる。一連のペテロのとった行動をみていると、直情径行の性格のせいかもしれないが、一方、その若さをだんぜん強く感じるのだ。
まず最初にイエスに出会った時、ペテロとその兄弟アンデレはガリラヤ湖で湖に網を打っていた。イエスに「わたしについてきなさい。あなたがたを人をすなどる漁師にしよう」と言われると、ただちに網を後に残して、イエスに従った。彼らが最初にイエスの弟子になったのだった。この下りを読むと、いつも心のなかに大きな感嘆符が打たれる気がする。
通りがかりの見知らぬ人であるイエスから言われて「直ちに」従ったのは、何故だろう。よほどイエスが人を惹きつけるオーラを放っていたのだろうか。この出逢いからしてペテロの、あとさきなど全く意に介さない性格が明らかだ。それを若さゆえとも思う。人は歳をとると経験をつみ、その一方では体力も無くなって次第に計算高くなり、用心深く疑い深くなるものではないだろうか。私など自分を振りかえってそんな気がする。
ペテロが若かったのではないかと思うところはほかに幾つかある。たとえば一晩中漁をしたのに魚がまったく獲れなかったあと、イエスに網を降ろして漁をせよと言われ、やってみると、こんどは網が破れそうになるほどの魚が獲れた。それをみたペテロは、「主よ 私から離れてください。私は罪深いものです」と言う。イエスが只者でないこと、その聖性を直感した言葉と言えるだろう。心のそこからイエスの「只者でなさ」に震撼されたのだ。この出来事の後、一切を捨ててイエスに従った。イエスに最初に出逢ったときに「直ちに網を残して従った」とあるが、こんどは「一切を捨てて従った」と書かれている。一切とはペテロにとって何だったのだろう。漁師をやめ、父や妻や姑のいる家庭を捨てたのだろうか。この決断も若さゆえにできたことではないだろうか。
ところでマタイ十四章には湖の上を歩くイエスの事が書かれている。湖の中ほどにあった舟迄イエスが歩いてきたのをみて、幽霊だと思って弟子たちは悲鳴をあげたが、イエスが「わたしである、恐れることはない」と声をかける。すると、ペテロが言うのだ―ほんとうにあなたなら、私に命じて、水の上を歩かせてください―。イエスに、来なさいと言われてペテロは水の上を歩いた。だがすぐに恐ろしくなって動揺し、沈みかけてしまう。この挿話にもペテロの性格や若さが実によく出ていると思う。
もう一つ、ペテロの若さを感じる所がある。ヨハネの福音書に復活後のイエスが湖に現れた際、舟にいたペテロは作業衣の下に何も来ていなかったので、あわてて水に飛び込んだ、と書かれている。多分、ほとんど裸だったのだろう。それにしても水に飛び込むなんて、ほんとうに一途な、そして少々そそっかしいペテロらしいと思う。

岩とサタン
さてペテロはある時イエスから「わたしを何ものと思うか」ときかれ、「あなたは生ける神の子、メシアです」と答える。イエスは、この時までシモンと呼ばれていたペテロに、「あなたはペテロ(岩)である。わたしはこの岩のうえに私の教会を建てる」と言われる。イエスから絶対的な信頼を得たのだ。だがこの挿話のすぐあと、イエスが自分の受難について皆に告知しはじめると、ペテロはイエスを脇にお連れして「とんでもないことです、そのようなことはありません」と諫めた。諫めるというのだから、かなり強い口調だったに違いない。そしてイエスに「サタンよ引き下がれ」と言われてしまうのだ。(フランシスコ会訳の聖書の註では、この時言われた「サタン」は悪魔ではなく、反対者という意味だそうだ)ペテロも他の弟子たちも、この時はまだイエスのメシアたる所以を本当には理解できていなかった。一般の人々もそうだが、イエスを政治的な救済者、この世的な王としてのメシアと捉えていたのだ。病に苦しみ、重税にあえぐ貧しい人々にとってイエスはそういう苦境から救い出してくれる革命家のような存在にみえたのだろう。この時イエスはペテロさえもがメシアの意味を理解できていないことを知って愕然としたのだと思う。

天の国とは
すこし横道にそれるが、聖書の中で言われる「天の国」とはいかなるものだろう。
ある時ペテロはイエスに質問する。「主よ私の兄弟が私に罪を犯した場合、何度赦さねばなりませんか。七回までですか」(七はユダヤの世界では完全数とされていた)するとイエスは言う。「七回どころか、七の七十倍までである」この言葉に、救い主イエスの「天の国」のリアルが伝わってくる。「神の国は、実にあなた方の間にある」(ルカ17章21節)とも言っている。日本人はどうしても仏教的な極楽浄土を天国のイメージとするが、
イエスは「私たちの間にある」と言う。
イエスの受難の時は近づいていた。事態は次第に緊迫してくる。最後の晩餐のあと、一同はオリーブ山にゆく。イエスは弟子たちに言う。「あなた方は皆わたしのことでつまずくであろう。」するとペテロが言う。「たとえ、皆があなたのことでつまずいても、わたしは断じてつまずきません」するとイエスが言う。「今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないという」
イエスは弟子たちとッセマネの園に着く…。

ゲッセマネのイエス
余談だが今ちょうど四旬節(註1)だ。新型コロナウィルスの為に教会のミサも中止になってしまったが、こうしてゲッセマネの園でのイエスの祈りを想いつつ聖書を読んでいる。イエスはあくまでも人として苦しみの全てを味わわれた。出来る事なら苦しみの盃を遠ざけてほしいと神に祈ったが、「しかしわたしの思いではなくみ旨が行われますように」と、すべてをみ旨のままにゆだねたのだった。イエスの絶対的な従順は太祖アブラハムのイサク奉献の挿話(註2)に繋がるものがある。また、母マリアの言葉を想起させる。受胎告知の天使ガブリエルに向ってマリアは「み旨のままにこの身になりますように」と答えたと、聖書には書かれている。
アブラハム、聖母マリア、イエス…聖書の世界には神への従順という太い血管が脈打っているような気がする。
ゲッセマネでイエスが苦しみのうちに祈っていた時、ペテロたちは目を覚ましていることができずに、眠ってしまった。心は熱していても肉体は弱いのだ、というイエスの言葉が伝えられている。

ペテロの否認
ついに追手がやってきてイエスを捕縛した。イエスは罪びとのように引かれていった。弟子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。イエスは、最高法院で大祭司らの審問をうけ、殴られ、唾を吐きかけられ、平手で打たれた。
ペテロが生涯とりかえしのつかぬ失敗をしたのはこのときだった。最高法院の外の中庭で、火にあたっていたペテロは、人々に「あなたはガリラヤ人のイエスと一緒にいた」と言われ、打ち消した。他の人もペテロを見て言う。「ナザレの人、イエスと一緒にいた!」と。ペテロは「そんな人は知らない」という。とうとう、ペテロはガリラヤ訛りを指摘され、詰め寄られた。ペテロはなおも「知らない」と言う。その時、すぐに鶏が鳴いた。ペテロは「鶏が鳴くまえに三度私を知らないという」と言ったイエスの言葉を思い出し、外に出て激しく泣いた。
このペテロの否認のくだりは、キリスト教を知らない人にもよく知られている。バッハのマタイ受難曲の中でもペテロのところは印象深い。私だってこんな状況なら否認してしまうに違いない。そう思うと、激しく泣いたペテロと一緒に泣きそうになる。ペテロの弱さはこの私の弱さなのだ。どんなに固い決意をもって臨んでいても、土壇場になると怖気づいてきっと逃げ出してしまう。おそらく聖書を読む誰もが、ペテロの気持が良く理解でき、その涙に共感すると思う。
この中庭での話を更によく考えてみると、このとき他の弟子たちは一体どこにいたのだろうかという疑問がわく。皆怖れおののいて逃げ去ってしまい、ちりぢりになって自宅へ駆け戻り、扉にかんぬきをかけて息をころしていたのだろう。このくだりを読むと、他の弟子たちとは違って、ペテロだけは逃げなかったのだと分かる。殴られているイエスの近くにうろうろと留まっていたペテロ。人々から指さされながらも立ち去りはせずに! たしかに「知らない」という言葉を三回も放ってしまったけれども、そういう局面に立ち至るほどにペテロはイエスの近くに居たということだ。私はそういうペテロって偉かったじゃないかと思うのだ。
ヨハネ福音書によると、復活したイエスがペテロに「あなたは私を愛するか」と訊く。「はい、主よ、ご存知のように私はあなたを愛しております」とペテロは答えた。このやりとりは三回繰り返された。ペテロが答えるたびにイエスは「行って私の羊を飼いなさい」「私の羊の世話をしなさい」「私の羊を養いなさい」と言う。ペテロが三回否認したことを、イエスはこのように問い、ミッションを与えることによって赦したのだと分かる。
かつてペテロは兄弟を何度赦せばよいでしょうかとイエスに質問し、七の七十倍赦しなさいと教えた。この時、イエスはまさに身をもってその教えを実行したのだと思う。私たちがこのように赦しを実行することによって「この世」に神の国が実現する。「あの世」ではなく「いま、ここ」に。
実に神は死者の神ではなく、生ける者の神なのだ。(註3)そのように聖書には書かれている。
。                                                     2020年3月28日

註1 四旬節 復活祭前の準備期間。キリストの受難を思いつつ過ごす。復活祭の四六日
前の水曜日から復活祭前日までのこと。(日曜日を除く四〇日間)
註2 アブラハムは年をとってからようやく得た息子イサクを奉献せよと神に命じられ
た。モリヤの山へ登ってゆき、祭壇にイサクをのせて捧げようとした。神はアブラハ
ムの行為をみて神への信仰をみとめ、イサクを殺さないようにと言う。(創世記二二章)
註3 (ルカ二十章三八節)