紙に印刷した文字の文化を尊ぶ 文章教室と自費出版の明眸社


 料理の事ならかなりなんでも書けそうな気がしてきた。今回は主に材料別に書いてみようと思う。我家で大活躍のトマト、玉葱、白菜だ。
トマト
 私は一年中冷蔵庫にトマトをきらさない。冬場は値段も高いので一回に一つか二つしか買わないが、それでもトマトは必需品だ。トマトの安くて美味しい夏場は、サラダは勿論、色々と大活躍する。正直言ってミニトマトはサラダにしか使えないので、一山幾らという大きめのトマトを買い込む。トマトで忘れられないのは、若い頃両親に連れられてヨーロッパ三週間の旅に行ったときのことだ。旅のおわりごろ、急に素麺を思い出した。それもタレに刻んだトマトを入れて食べる食べ方だ。トマトがかくも醤油系の味にマッチするとは食べて見なければゼッタイに分らないと思う。とにかく私はトマトを入れた素麺を思い浮かべた途端に、荷物をまとめて日本へ向って駆けだしたくなったのだった。このことは私の語り草になっているから、知っている人がまわりに沢山いるかもしれない。素麺にはワサビ、ネギ、生姜、茗荷、青紫蘇、海苔など色々と薬味はあるが、私はやっぱりトマトだ。他のアイテムと混ぜたってもちろん美味しい。
 それからトマトのスープが大好物だ。中国で暮らしていた人に教えてもらった記憶がある。刻んだトマト(八人分で大一個ぐらい)を数分、形が崩れる程度に炒める。そこへスープを注ぎ、卵を回し入れて出来上がり。トマトの分量はお好みで、種を取ったりする必要はない。あっさりしていて微妙な酸味が食欲をそそる。あればセロリとか、コーンの缶詰など好きな野菜を加えてもヘルシーだ。味はチキンコンソメと塩胡椒でよい。来客の時などはそこへ鴨の燻製を薄く切って加えると、スモーキーな香りが加わって良い一品になる。
 ここで、トマトについての蘊蓄をひとくさり。私の愛読書である『食べるクスリ』(ジーン・カーパー著 飛鳥新社一九九一年刊)から引用する。
「ガンから免れている人々の好んで食べる食品のリストにあがるまでは、トマトは現代科学にとって印象の薄い食べ物だった。トマトは胃ガンのリスクの低いハワイ島、肺ガンのリスクの低いノルウェー人、前立腺ガンの少ないアメリカ人、すべてのガンによる死亡率の低いアメリカ人高齢者が最も多く食べている食品の一つとして浮かび上って来たのである。事実、ある大きな高齢者の集団の調査では、トマトをよく食べる人のガン死亡率は、あまり食べない人のわずか二分の一だった。……野菜の最も主要な抗ガン物質とされているベータ・カロテンをトマトはそれほど多くは含んでいない。しかし、トマトには別のタイプのカロテンーリコペンーが高濃度に含まれている。それはカロテノイドの仲間のうちでベータ・カロテンだけがガンから守ってくれるわけではないことを意味しているのかもしれない。」

玉葱 
 前回も書いたが、玉葱はほとんどすべての料理のおいしさの決め手ではないかと思う。 私の台所には冷蔵庫に入りきれない玉葱が年中ごろごろしているほどで、玉葱を使わない日はほとんど無い。かつお節と昆布が日本料理の基本であるように、西洋料理には欠かせない。例えば、ロールキャベツの中に入れるフィリングだが、刻んだ玉葱を三分炒めて挽き肉と卵、パン粉少々と混ぜて作る。オムレツだって玉葱を三分炒めて挽き肉と混ぜて使う。ハンバーグステーキも同じく玉葱を三分炒めてから挽き肉とパン粉と混ぜる。チキンのトマト煮もまずは玉葱を炒めることから始める。最近マイブームになっているのは、コンソメスープを作る時に必ず玉葱の薄切りを茶色くなるまで五分ぐらい炒めてベースにするやり方だ。そのあと冷蔵庫の有り合わせの野菜なんでも刻んで加えるのだが、じゃがいもなどからも美味しい味が出る。人参やキノコ類は必ず入れる。これはコロナ対策で編み出したのだが、キノコは免疫力を高めるらしい。しめじは安くて味が良いし、エノキはトロミがついてさらに美味しくなる。
 コンソメスープに玉葱の薄切りを炒めてベースにするやり方は、最近近所のスーパーで、出来合いの玉葱スープを購入してからである。スープを作るヒマのない時、出来合いの玉葱スープを使ってみたのである。その美味しい事、びっくりした。それで玉葱がこんなにも味のベースに用いられている理由がやっと明らかになったのだった。
 昨日の夕食のメインは揚げたチキンと野菜の甘酢あんというメニューだったが、ここでも玉葱は欠かせない。野菜としてはピーマン、人参、玉葱を使うのだが、玉葱は不可欠だ。チキンの空揚げ、一口大に切って茹でた人参、一口大の玉葱、ピーマンを用意する。フライパンで玉葱が甘くなるまで一寸炒め、そこへチキン、人参を加えてタレを入れ、最後にピーマンを加え、とろみをつける。タレは醤油、酢、砂糖、水を同量で作っておく。砂糖は少なめでも良いが、酢っぱいのが苦手な人は同量で。
 我が家では天麩羅のときも玉葱はかならず揚げる。夏などお昼に素麺やざるそばのメニューのとき天麩羅を揚げて添えると、ほどよくカロリーも取れて、満足度が上がる。台所を横切った孫の誰かれをつかまえて揚げたてを一口、つまませて、ウマーッと言わせるのがなんとも楽しい。ちなみにお昼の天麩羅の時は海老や魚は使わず、よく竹輪を揚げる。
 さて、この辺で玉葱について再び『食べるクスリ』(前掲書)をみてみよう。かなりスゴイことが書かれている。生で一日に半個食べれば善玉コレステロール値は平均三〇%あがる。加熱調理した玉葱たったの大匙一杯が、脂肪の多い食事をしたあとの凝固しやすい血液の傾向を逆の方向に変えてしまう。玉葱はニンニク同様、六千年まえから栽培されており、およそ知られる限りの人間の病気の治療と予防によいと言われてきた。人体には血液の凝固と溶解の双方をチェックし、バランスを取るという精巧なシステムが備わっている。冠状動脈やそのほかの血管に凝固した血液の塊がつまって血流の邪魔をすると、酸素が供給されなくなって心臓の筋肉や脳の細胞が壊れてしまう。玉葱は、血小板がくっつきあわないように血餅ができにくくするし、できてしまった血餅は溶かす働きをするという。そして玉葱には抗心臓病薬としてのめざましい働きがある。この本には様々な実験結果が書かれているがここでは省略する。玉葱にはまた、実験動物の血圧を下げる化合物をふくんでいる。それはプロスタグランジンで、植物性食品からはじめて分離されたという。さらに玉葱は古代には糖尿病の治療に使われていた。一九二三年には玉葱から血糖降下物質が発見された。一九六〇年代には一般的な抗糖尿病製剤でインシュリンの生成と放出をうながすトルプタミド(オリナーゼ)によく似た抗糖尿病化合物が発見され、その後、エジプトの薬学者たちが玉葱からジフェルニアミンという化合物を単離。この物質はトルプタミド製剤よりも強力な効果があるということだ。
 そのほか、玉葱は天然の抗生物質で、大腸菌やサルモネラ菌をはじめ多くの病原菌を殺すことが証明されているという。さらに玉葱は細胞のガン化を防ぐ硫黄化合物を大量に含んでいることも知られており、ハーバード大や米国立ガン研究所で研究がすすめられている。

白菜
 最後に冬の野菜の王様、白菜を一言書き添えたい。白菜は安くてしかも旨味成分があり、炒め物や煮物、鍋物など、何をこしらえても失敗という事がない。我家では餃子を一度に百二十個作るのだが、白菜をさっとゆでて固く絞ってから刻んで使っている。茹でないと焼いているうちに水分が出てしまうので、そこのところだけは省けない。
 最近、ベーコンの切り落しが安く売られているのを見つけた。ベーコンと白菜のスープ煮がたいへん美味しい。ざく切りして鍋にたっぷり入れて時間をかけて煮るだけの料理だが、誰もが一口食べて「美味しい!」と言う。白菜がトロトロになる迄、三十分以上煮るのが唯一のコツである。この料理はもう一つバリエーションがある。ベーコンではなくて、肉団子をつかうのである。味付けは洋風ならチキンコンソメを、和風なら出汁に醤油、塩少々で。どちらでも大変美味しい。やはりコツは充分に煮ること。何しろ白菜をたくさん使うから、煮始めは鍋に蓋が出来ないくらいだ。私は最低でも四分の一は使う。
 私の場合はシャトル鍋を使っている。二重構造の鍋で、内鍋は普通の鍋だが外鍋はホーロー製である。外鍋には厚めの蓋がある。内鍋で調理した後ホーローの外鍋にこの鍋をそのままカチャッとセットして蓋をすれば、中火でじっくり煮る状態が保てる。この鍋は豚肉の煮チャーシューなども簡単にこしらえることが出来る。調味液をこしらえて塊肉を入れ、十分加熱した後、九十分以上セットして放置。数時間後にふたをあけてもまだアツアツだ。燃料の節約この上ない。しかも味はゆっくりと冷める過程で沁み込むので理にかなっている。
 白菜の話の続きだが、私は冬になるとよく株のクリーム煮を拵える。株が高価なときは白菜の出番だ。実際、白菜のクリーム煮もとても美味しい。玉葱を三分炒めて小麦粉をふり入れ、さらに炒めてスープを加え、薄めのベシャメルソースを作る。そこへ炒めた具(肉はチキンのモモを炒めて、ベーコンも少し入れる。それに株、または白菜、人参、キノコなど)を次々と投入し、牛乳(私はいつも豆乳を使っている)を加え、コンソメと塩胡椒で味を調える。最後にちょっと奮発して生クリームを加えればもう立派なメインデッシュになる。
 料理の話は尽きないが、夕飯の支度が迫って来たのでこの辺でペンを置くことにしよう。
 なお、文中の『食べるクスリ』という本は今から約三十年前に書かれたものなので、その後の研究結果などは分らないことをお断りしておく。
 2023・1