紙に印刷した文字の文化を尊ぶ 文章教室と自費出版の明眸社

道浦母都子歌集「花高野」をよむ

  はるかなる魚文の光 第一歌集『無援の抒情』の衝撃的な出発から数えて三七年、作者の第九歌集である。ここには病い、孤独、政治、旅行、そして痛々しい「燃え尽き」感がある。全共闘世代で政治活動をした人々の殆どは、或る時期を過ぎると一般 …

喪いし声は  ―――ヤエコさんの思い出

喪いし声は  ―――ヤエコさんの思い出

前原の坂を下りきってすこし行った住宅街の中に、ヤエコさんのお宅があった。閑静な一角で、落ち着いた感じの庭のある二階家だ。ヤエコさんが発作に見舞われたのは夫の亡くなった後すぐの通夜の時だという。 ヘルパーになってしばらくたった頃、その重い任務 …

地上の夢の裏面

地上の夢の裏面

私は二十歳ぐらいだった。もう随分ながく、恋人から連絡がこない。数ヶ月は経ってしまったようだ。あのひととの間はもう終わってしまったのね……。そう、どんなにあがいても無駄だ。去ってしまった心はもう帰ってはこない。絶対に帰ってこないのだ。いまこそ …

『想像は私のフィギュールに意匠の傷をつける』江田浩司著を読む

『想像は私のフィギュールに意匠の傷をつける』江田浩司著を読む

所属している短歌結社「未来」から昨年十二月号に本書についての書評を依頼された。スペースの関係でかなり削ったので元になった文章を加筆し、リライトした。 本書は詩・短歌・散文詩などで構成されており、手法的にみて聖書の世界で馴染みになっている黙示 …

永福町探訪の記

永福町探訪の記

私は五歳まで杉並区の永福町に住んでいた。切れ切れの記憶しかないのだが、家の前が田んぼで、それが春には見渡す限りのれんげ田になったことは鮮やかに覚えている。家は京王井の頭線の永福町駅を下車し、線路を背に南へと七分ぐらい下って、右折し、二〇〇メ …

創世記を読む

旧約聖書をまた昨秋から読み始めている。私にとって旧約の世界はどこか親しみがもてる世界である。神話的であったり、歴史について語っているところも因果応報の思想が露わにでてきたり、そうかと思うと、因果応報を否定するヨブ記のような所があったりする。 …

『人遠し―鈴木節家の昭和』を読む

『人遠し―鈴木節家の昭和』を読む

縁あって鈴木凜太郎氏から依頼され、膨大な書簡を一冊の本にまとめるお手伝いをした。数年前鈴木氏が相続した廃屋(茨城県石岡にある)を改修し、整理していた所、押入の中から古色蒼然たる手紙の山が見つかった。 それは、第二次大戦を迎えた頃の鈴木氏の父 …

鈴木美紀子歌集『風のアンダースタディ』を読む

モノ化する主体 歌壇で今話題の新鋭短歌シリーズ(書肆侃侃房)から出版された第一歌集。言葉に対する繊細さと周到さ、あるいは批評性、などはさておき、読んでいると「おかしな感覚」だと思ってしまう歌に度々出くわす。そしてこのおかしな感覚は、石田徹也 …

半端じゃない人

伊沢さんのことは忘れられない。彼の居たアパートの前を通る度にこまごまとした思い出が脳裡をよぎるのだ。 「今度訪問する人は半端じゃないのよ。とにかく」 ヘルパーステーションの上司が言ったときその「半端じゃなさ」の見当もつかず、のんきに「そうな …

受話器の沈黙

たまたま所属している短歌誌から「電話」について書くようにとの依頼がきたので、この一月ほど電話のことをあれこれと思い巡らしていた。 電話ほど時代を反映するアイテムも珍しい。帽子とか椅子とか窓とかとは違う。電話の形態は激しく変化してきたからその …