紙に印刷した文字の文化を尊ぶ 文章教室と自費出版の明眸社

間鍋三和子歌集を読んで

間鍋三和子歌集を読んで

 最近、間鍋三和子歌集『流れる雲』(二〇二一年刊 第七歌集・不識書院刊)を読み、歌集の、そして短歌の一つの方向性を見出す思いがした。短歌を詠むとは一体何なのか。それが明確でないと自分にとっての作歌の継続は難しいような気がしている。すこしテー …

今を生きる雅歌『ダスビダーニャ』を読む

今を生きる雅歌『ダスビダーニャ』を読む

                     孤独と病と貧困と  西巻真氏(一九七八年生)の歌集『ダスビダーニャ』(二〇二一年八月刊・明眸社)の冒頭から強く立ち上がって来たのは孤独と病と貧困である。私たちが生きるに必要なバリアーの喪失である。魂 …

〈王宮の花火の音楽〉を聴いた夜

居場所としての音楽 最近、自分の居場所というテーマで短文を書く機会があった。その時、「居場所」という言葉の空間性にとらわれることなく考えたら音楽も居場所といえるのではないかと思い到った。音楽は物理的な空間とはいえないが、想いを容れる広がりを …

歌集『飛島』を読む

歌集『飛島』を読む

この度、縁あって相澤尚氏の歌集の出版のお手伝いをさせていただいた。氏は長年の歌友でもあり、尊敬する氏の歌集の編纂をさせて頂くことは望外の喜びである。これまでの作品千八百首の中から厳選五四四首を編年体で編んだ。ここでは編年ではなくテーマごとに …

歌ごよみ2020

歌ごよみ2020

十七歳の孫愛と散歩をしていたら、「この一年どんなことがあった?」と訊かれた。「一番大きいことはエッセイの会がもう一つ出来たことかな。明眸社でとても素敵な冊子を出版できたこと。あと、ズームというスキルを活用できるようになったこと。それは、コロ …

欅と私

欅と私

夕方、急ぎ足で家路を辿っていた時、いつも見る農家の欅の裸木がひときわくっきりと空に聳えていた。西の空は茜に染まり、裸木の姿は逆光でシルエットになっている。市の保存木に指定されているという樹齢の古い大木だ。鴉の巣がすこし黒っぽく枝の中に見える …

市原克敏の短歌

  亡夫市原克敏が三十二年間編集に携わっていた歌誌「林間」から、巻頭に載せる原稿の依頼を頂いた。市原の歌について書くように、とのこと。難解歌で知られる歌人だったが一回四百字ということで三回に亘って書いた。このような機会を頂いたこと …

文語で短歌を詠む

短歌を文語で詠む、あるいは口語で詠むということについて最近二つの論文を読み、色々と考えさせられた。(日本現代詩歌研究 第十三号 黒瀬珂瀾さんの「文語とは何か」と、同じく島田幸典さんの〈うたう言葉〉。)そこでそれらを下敷きに、自分なりに考えを …

ふるさととは何か―― 服部えい子歌集『産土とクレーン』について

 昨年十月に上梓された本歌集は多くの話題を呼び、日本歌人クラブ南関東ブロック優良歌集賞を受賞した。二〇〇七年から二〇一七年までの歌が収められており、その間にあの福島第一原発事故が起きた。この歌集の通奏低音となっている故郷福島に関わる歌が、苦 …

道浦母都子歌集「花高野」をよむ

  はるかなる魚文の光 第一歌集『無援の抒情』の衝撃的な出発から数えて三七年、作者の第九歌集である。ここには病い、孤独、政治、旅行、そして痛々しい「燃え尽き」感がある。全共闘世代で政治活動をした人々の殆どは、或る時期を過ぎると一般 …